「世に福音を伝えることによって、主の再臨を早めることが、われわれの力でできる。われわれは神の日の到来を待っているだけでなく、これを早めるのである。」各時代の希望 オリブの山上で
「主イエス・キリストの再臨を待ち望むばかりでなく、それを早めることが、すべてのクリスチャンの特権である。(ペテロ第二・3-12文語訳参照)」豊かな人生の秘訣
文語訳ペテロの第二の手紙3章12節です。
「神の日の來るを待ち之を速かにせんことを勉むべきにあらずや、」
前に エレンホワイトさんに対する反対に答えているうちに伝道が遅れてしまった、という文章を読んだ時、びっくりしました。この理由でもイエス様の御再臨を遅らせることがあるのか、と。
2027年はイエス様が公生涯を始められてから2000年、3年半後に いわゆる人類の歴史6000年が来ます。もちろん、書いてある通り、イエス様の御再臨は速まったり、遅くなったりすると書いてあります。しかし、あくまでも仮に2031年だと、今お亡くなりになられる人がいても、数年でまた会えることになります。月日の経つのはなんと早いと感じているひとにとっては3年半は「あっという間」になります。
聖書には、「ところが、本国の住民は彼を憎んでいたので、あとから使者をおくって、『この人が王になるのをわれわれは望んでいない』と言わせた。」ルカによる福音書
本国とあるので、教会の中でさえ、イエス様が王になられるのを望んでいないと思っている人が大勢いると思いますので、「え、煽るのはやめなよ」という人がいても全く不思議ではありません。
しかし 「御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」」と書いてあるので、聖霊がお住まいになられる人々、花嫁なる教会は、「イエス様、いらしてください」と言います。
間もなく、イエス様が帰って来られます。これを言っているのは私ばかりではありません。天沼教会では、どの牧師、どの説教者も、どの信徒のあかしも、青年礼拝も、音楽礼拝も、その他すべての人が、100% 「間もなく、主来たりたまわん」と歌って安息日礼拝が終わります。
「遅らせることには危険がある。あなたが見つけたかもしれないその人、あなたが聖書を開いたかもしれないその人は、あなたの及ばない所を通っている。サタンはその人の足にかけるわなを用意しているので、明日は神の大敵サタンの計画を実施するかもしれない。なぜ1日遅らせるのか。なぜすぐ働きに出ないのか。」 ―教会へのあかし・第6巻・443ページ
明日はサタンが計画を実行するかもしれない?一日遅らせるのか???
ネット伝道を始めた時に、びっくりした言葉です。
「神の御言葉、義の言葉、生命の言葉が ”今”、”この場で”与えられています。あなたは今、義に造り変えられる事を望みますか?今、その御言葉によって生きようとなさいますか?これこそ信仰による義認です。・・・世界で最も単純な事です。」
ここまでお聞きになって、私はダメ、イエス様が王になることを望んでいないかも・・・と悲しんだ方はいるでしょうか。まったく心配ありません。私たちの肉は善なるものが宿っていないからです。イエス様に「来たりませ」とおっしゃるのは聖霊だからです。なので、聖霊の神様、イエス様を今、この場で求めることがどんなに大切かになります。心の中にイエス様がお住まいになることを望む人こそ、イエス様がもう一度この地上に戻ってきてくださることを望む人だからです。
「賢明な人、偉大な人、慈善に富んだ人たちだけが、天の宮への旅券を獲得するのではない。それはまた、熱心で、休まず働いている忙しい働き人だけでもない。そうだ、心の貧しい者ーキリストの内住を熱望し、謙遜な心をもち、神のみこころを行うことを最高の望みとしている人こそ、十分に天国に入るのである。彼らは、衣を洗い、子羊の血によって衣を白くした人たちの仲間に入るのである。『それだから彼らは、神の御座の前におり、昼も夜もその聖所で神に仕えているのである。御座にいますかたは、彼らの上に幕屋を張って共に住まわられるであろう』(黙示録7:15)」祝福の山 山上の垂訓
毎朝、第一にイエス様、聖霊の神様、リバイバルを求める。このユナイテッドっプレイヤーは本当に大切な時間です。

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