南アメリカのサンパウロ市の教会の会計係が、什一献金や諸献金をカバンに入れて銀行に行く途中、泥棒にあいました。この会計係は神様からのお恵みにより、知恵を働かせて「このカバンを渡したら受け取りの証拠がないが、一体どうしたらよいか、教えてください」と泥棒に向かって話しかけました。泥棒が考えている間に巡査が来たので、彼はそのまま逃走して、献金は少しも盗まれずに助かりました。
同じくサンパウロ市
伝道部に泥棒が入って、金庫内のタイプライターや計算機を盗みました。幸いにも什一献金や他の献金などは、外に置いてあった大型の箱の中に入れてあったために、盗まれませんでした。
そして、伝道部会では、さっそくタイプライターや計算機をたくさん、ローンで安く購入しました。しばらくしてそれらの機械の相場が急に高くなったので、部会はちょうど良い時に古い機械を取り去り、新しい機械を安価で入手できたことを喜ぶとともに、これは神様の恩恵であったと思い感謝しました。
タイプライター・・・とあるので結構前の証です。
それでは、日本の証
あるクリスチャンの家、それは小さいアパートでしたが、とっても清潔に、整理整頓されて暮らしていました。
そこへ・・・泥棒が・・・
テーブルの上には什一献金が・・・
しかし、それにも手をつけず・・・
その家に・・・傘を忘れて帰っていきました。
今日、祈祷会の帰り、若者と什一献金の証の話をしました。
すると、彼は什一献金の事を知らずにいて、最近、始めたことを話しました。
そう話していると・・・・祝福があったことを、思い出していました。
証とは・・・新しいことを提示することではなく、人々が忘れていたことを思い出させるためのもの・・
「私には・・・証がない・・・」と思っていると・・・
今夜、泥棒が入ったりして・・・?戸締りはお忘れなく!
サンパウロの証も日本の証も・・・この証の時だけ守られたのではありません。
それまでずっと・・・気づこうが、気づくまいが・・
毎日、毎日、昼も夜も守っていてくださったのです。
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