ペテロは、「神は人をかたよりみないかたで、神を敬い義を行う者はどの国民でも受けいれて下さることが、ほんとうによくわかってきました」と言っだ。
艱難から栄光へ 第14章 神は人をかたより見ない
3.11の時、私は東京歯科大市川総合病院で働いていました。この病院はもんじゅの事故の患者さんが運び込まれた病院で、放射線のすごい情報がたくさん飛び込んでいました。
そこで、元新聞記者でこの出来事を取材してクリスチャンになった方のあかし、広島に原子爆弾が落ちた時、広島のセブンスデーアドベンチスト教会の一人の女医さんが夜勤明けでふとんをかぶったときにピカっと光って家がグラっと傾き、家を飛び出すとその方の家が一軒だけ残って、四方八方が焼け野原になっていた。救護所に駆けつけて患者さんの診療にあたった。またある方は朝、祈っている時に、神さまが「この町から出ていきなさい」との神さまの御声を聞き、家族の猛反対の中、広島の街を出ていき、1か月後、原子爆弾が落ちたなどなど、たくさんの奇跡が起こり、そして、SDA広島教会の方々は一人も原爆症にかからず生き残り、あかしされた、ことは、大学病院の大変多くの人々に勇気と希望を与えたのです。ある職員がみんなの前で、「これからどうなっていくの?聖書には何と書いてあるの?」と聞かれて聖書のみ言葉を説明し、多くの人の助けになったのを思い出します。
「家を飛び出すとその方の家が一軒だけ残って、四方八方が焼け野原になっていた。」
1人も原爆症にかからず、生き残った
このあかしは、何もSDAばかりではありませんでした。すごい写真が残っています。
「広島で、原爆の爆心地から1キロメートル未満の場所に、4人のイエズス会の神父たちが住む家がありました。1945年8月6日、町が瞬く間に壊滅したとき、彼らが生き延びるとは夢にも思いませんでした。
彼らの名前は Hugo Lassalle、Hubert Schiffer、Wilhelm Kleinsorge、Johannes Siemesでした。周囲が灰と化す中で、彼らの住まいは部分的に損傷を受けながらも立ち続けました。誰も爆発で命を落とすことはなく、後年にわたって何千人もの人々を苦しめた放射線の典型的な影響を受けることもありませんでした。
この事例は、統計的な確率を覆すものとして、医師や科学者によって数十年にわたり研究されました。神父たちは、その朝、断食と祈りをしていたと語っています。ある人々にとっては、単なる構造的な偶然に過ぎませんでしたが、他の人々にとっては無視できない奇跡的な一致でした。」
引用
https://www.facebook.com/upsoclpositivo.jp/posts/pfbid0oQCQRrkLhvxQcbcqDzfvXoukvCVPLQfEfGd8rhY1yQrjh9fsKtB6rFCpagLoux8hl
神は人をかたより見ない
「自分だけ特別」「あなただけ特別」はない。
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