2012年10月28日日曜日

信仰の祈り

「耳をそむけて律法を聞かない者は、その祈りでさえも憎まれる」(箴言28-9) 

「私は呼んだが、あなたがたは聞くことを拒み、
手を伸べたが、顧みる者はなく、
かえって、あなたがたはわたしのすべての勧めを捨て、
わたしの戒めを受けなかったので、
わたしもまた、あなたがたが災いにあう時に、笑い、
あなたがたが恐慌にあう時、あざけるであろう。
これは恐慌が、あらしのようにあなたがたに臨み、
災が、つむじ風のように臨み、
悩みと悲しみとが、あなたがたに臨む時である。
その時、彼らはわたしを呼ぶであろう。
しかし、わたしは答えない。
ひたすら、わたしを求めるであろう。
しかし、わたしに会えない。
彼らは知識を憎み、主を恐れることを選ばす、
わたしの勧めに従わず、、
すべての戒めを軽んじたゆえ、
自分の行いの実を食らい、
自分の計りごとに飽きる」(箴言1-24~31)

「あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。信仰による祈りは、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。だから、互いに罪を告白し合い、また、いやされるようにお互いのために祈りなさい。義人の祈りは、大いに力がある。」(ヤコブ5-14)

今年は、本当に多くの出来事があった年でした
父が病に倒れた、との知らせが入りました。
すぐに教会の長いあいだイエス様と一緒に歩んでこられた方々に連絡し、お祈りをお願いいたしました。そして、驚くべき回復があり、無事に命が助かり、今元気に過ごしています。
主イエス様に、感謝です

また、親しい牧師さんの奥様が癌であと半年の命と宣告されました。
「自分でも信じられない」と話されました
もう、びっくり・・・すぐに長い間イエス様と一緒に歩んでこられた方々にお祈りをお願いしました。
お見舞いに行ったとき、本当にまた驚きました。
奥様は、平安そのもの、静かな清い喜びに輝いていました。
「祈ってもらっていることが分かる」そして、数々の御摂理の出来事の事をはなしてくださっておらました。そして、「これから、どうなろうとね」と自然で、静かな清い喜びで溢れていました。
癌は小さくなっていき、無事にご退院され、10ヶ月が過ぎ、今は病院で働いておられます
主イエス様に感謝です。
共に祈ってくださる方々がいらっしゃる事は本当に感謝です

「神学は人を救わない、信仰は人を救わない、イエス様が私たちを救ってくださる」
長老・・・それは肩書き上の長老ではないと思っています。
もしかしたら、体はもう弱られていらっしゃるかもしれない、
もしかしたら失敗もたくさんしたかもしれない、あるいは失望もいっぱいされたかもしれない。罪も犯したかもしれない。主の御前に涙をもってひれ伏されて祈られた夜が、いく晩あったことでしょう。
しかし・・・主イエス様と一緒に歩み続けられた
測り知れない教会の尊い宝物です

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