2022年4月29日金曜日
僕がね、教会に残っている理由は母のおかげさ! ユナイテッドプレイヤーにて
教会のあかし会に参加した時の事です。休憩時にある教会の方が話しかけてきました。
「僕は、放蕩むすこをしていたんだよ」
この方のお母さんはとっても忠実なクリスチャンでした・・・
「しかし、母は何も言わなかった・・・そう何も言わなかったよ」
そして、しみじみとこうおっしゃったのでした
「でもね、家族全員で病気になった母を見舞いに行って
『家族全員、クリスチャンになりました』と言った時、
ボロボロ泣いていたよ・・・」
「すっと祈っていらっしゃったんですね」
「うん、そう、祈っていた、ずっと・・・祈っていた・・・」
そして、にっこり笑っておっしゃいました。
「僕がね、教会に残っている理由は母のおかげさ!」
数々の溢れるばかりの祝福の陰には人知れない葛藤や祈りがあります・・・
ほんのちょっぴりだけ、イエス様の事を学ぶのかもしれません。
人が罪を犯すたびに、イエスさまは新しい傷をお受けになられる・・・とか。
「はかり知れない愛は、主に贖われた者たちが世から天へわたる為の通路を設けられた。その通路というのは神の御子である。天使の道案内人たちは我々の迷いやすい足を導くためにつかわされた。天からの輝くはしごは全ての人の行く手をさえぎり、人が不道徳と愚行に堕ちていかないように立ちはだかる。人が敢えて罪の生活を続けるには十字架につけられた贖い主を踏みにじっていかなければならないのである。」(サインズ 1882 1/28)。
先ほどの方が続けてこう話しました。
ところがね、母が不治のアルツハイマーになってね・・・
あの時は『神様、どうしてあなたの充実なしもべをお見捨てになったのですか』と神様に文句言ったよ・・・。ところが教会の人が母のために祈っていてくれてね。
ある時母が寝ていたら、夢の中で真っ赤な十字架が立っているのを見たんだ・・・それが自分の所に倒れてきたんだ・・・
そして母はその時アルツハイマーが癒されて治ったんだよ」
「われわれのあがないの価は、あがなわれた者たちが救い主とともに神のみ座の前に立つまではわからない。そこで永遠のみ国の栄光が、歓喜しているわれわれの目の前に突然現れるとき、われわれはイエスがわれわれためにそうしたすべての栄光をお捨てになったことや、また天の宮廷からのさすらい人となられたばかりでなく、われわれのために失敗と永遠の損失という危険をおかしてくださったことなどを思い出すのである。そのときわれわれは冠をイエスの足下になげて『ほふれた子羊こそは、力と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんびとを受けるにふさわしい』との歌声をあげるのである。(黙示録5-12)」各時代の希望第13章 勝利
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