2022年4月29日金曜日

他人を助けたいと望みながらも、与えるべき霊的能力も光も、自分にはないと感じる者がたくさんいる

キリストの実物教訓 第12章 求めよ、そうすれば与えられるであろう からです 「他人を助けたいと望みながらも、与えるべき霊的能力も光も、自分にはないと感じる者がたくさんいる。そのような人は、恵みの座に来て彼らの願いを述べるとよい。聖霊を求めなさい。神は、そのすべてのお約束を保証しておられる。聖書を手に持って、わたしは、あなたのおっしゃったとおりにいたしました。「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」とあなたはお約束なさいました、と言いなさい。」 わたしは、「自分にはない」と感じるのでよくこの祈りを繰り返します。そして、この約束神様はその通り果たしてくださいます。「人間の危機は、神の好機である。」特に圧倒的な事が起こり、自分に無力感を感じる時こそ、神さまのお恵みが著しく現れます。それは一見簡単に見える話から始まる場合もあります。一般の大学病院でのある日のお昼ご飯でした。ある職員に、安息日学校ガイドにあった「稲村の火」という、津波が来た時、自分の収穫物に火をつけて村を救った話をしました。その日が、3.11で、14時46分大地震が起こったのでした。あとでその方が「あなたには予言する力があるのか」と同じ話をしてほしいと頼まれ、証になっていったのでした。あの時、ノンクリスチャンたちが「これからどうなっていくの。聖書にはなんと書いてあるの」と聞かれて、答えると「聖書に書いてある通りになっていくじゃない」と言われ、はじめて聖書読まれた方も、神さまの約束から励ましを頂いていました。 また、当時、「福島の原発が爆発したら、職場に来なくていい8時間で死の灰が関東に降り注ぐ、風が向かっていたら4時間で来る。」と言われ「係長はどうなさるのですか」と聞くと、「僕は残る」と緊迫した状況がありました。そこでも、セブンスデーアドベンチスト広島教会員が、原爆の時に、ひとり残らず救われ、放射能による原爆症にもかからず、守られた証は大変大きな力になったのです。人は自分の持ってない、新しい光を求めますが、自分の既に持っている宝物に気づかされる経験でした。 未曽有の出来事で、津波の映像を見て、倒れてしまいました。しかし、その時、神さまは倒れている姿もご存じで、身を起こし頭をもたげなさい、とやさしく仰せになり、立ち上がらせてくださいました。主は、立ち上がらせる力をも持っておられます。 「イエス・キリストの次の御言葉は、今この地上の終わりに住んでいる私たちに語られている。『これらの事が起こりはじめたら、身を起こし頭をもたげなさい。あなたがたの救いが近づいているのだから』(ルカ21-28) 国々は不安のうちにある。私たちは混乱の時代に生きている。海がどよめき荒れ狂い、人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。しかし、神様の御子を信じる人々は、嵐の中で『私である。恐れることはない』と言われるキリストの声を聞くであろう。・・・世は邪悪と背信の中にある。神様の戒めに対する反逆は、ほとんど全世界的であるように見える。いかなる場所においても、混乱を伴った興奮状態にある騒ぎの中にも、この世でしなければならない働きがある。」

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