30年前、人間ドックの師長さんがこう話していました。「天使のささやき、というのがあるのよ。仕事していて、ふと・・・あれ?と思った時、患者さんの所に行って見ると急変していたりするの」
10数年前、ある看護師さんが病室を出ようとすると、何も理由がないので、あれ?と思って病室に引き返すと患者さんの容態が悪く立っているのを発見しました
2011年4月、あるメーカーの方が、教会で「神様はいつでも苦しんでいる人をたすけようとされていらっしゃる。だから、人が苦しんでいる人を助けようとすると、神様が助けようとする人をお助けになるんだよ」との話を聞きました。そのあと、仕事で病院を回っていると病室にふと見たことのある名前があります。教会での話を思い出して、病室に入っていきました。患者さんは、ご病気され、会社を解雇され、在宅酸素になり、生活保護になっていた・・・という方でした。お会いしてみると今回薬を大量に飲み自殺を図ったのです。「一緒にがんばりましょう」と励ますことが出来ました。
「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」聖書
「神は、自然と啓示、摂理、および聖霊の感化を通して私たちに語られます。しかしそれだけでは十分でありません。私たちも、また、神に心を注ぎ出す必要があります。霊的生命と力を得るためには、私たちの天の父と実際に交わらねばなりません。私たちは、心が神に引かれ、神のみわざ、あわれみ、祝福などを瞑想するでしょうが、これは、十分な意味での神との交わりではありません。神と交わるためには、私たちの実生活について何か神に話すことがなければなりません。
祈りとは、友だちに語るように、心を神に打ち明けることです。これは何も私たちがどんなものであるかを神に知らせる必要があるからではなく、私たちが神を受け入れるのに必要だからで糞祈りは、神を私たちにまで呼びおろすのではなく、私たちを神の許へひき上げるのです。」キリストへの道

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