2021年7月12日月曜日

教会での証 2020年2月15日


皆さん、おはようございます。
さて、臨床工学技士の学校の生物の先生がいらっしゃいました。いつもの通りNHKのテレビも利用しながら、進化論で生物の起源について講義をしていました
ある休み時間の事です。
先生と広島に原子爆弾が投下された時、奇跡的に守られたSDAクリスチャンたちの話になりました
この証は、ある一人の新聞記者の方が実際に取材され、その方もSDAのクリスチャンになったのです
原子爆弾の怖さは、強烈な光、その光を見た者は失明・・・どころか人の姿さえ一瞬で消し去ってしまうほどです。そして、その熱線・・・爆風・・・ガラスの破片が弾丸のように飛び、すみません。あまりに悲惨なので、詳しくは避けたいと思います
そして放射線・・・・これは福島原発の事故で、わたしたちにもとても身近になっています。場合によってはすぐに人々の命を奪い、あるいは何十年にわたって人々を「原爆症」によって苦しめます
さて、あの原子爆弾が投下された194586
ちょうど爆心地に住んでいた一人のクリスチャンの女医さん
その日は夜勤明けで帰ってきました。そして布団をかぶって寝てしまったのです
すると、「ピカッと光って、家がグラッと傾いた」のです。何事が起きたか、と思って家を飛び出すと
その方の家だけが一軒だけ残されて、周りは四方八方焼け野原になっていたのでした
そして、あの地獄絵のような焼けただれた人々が歩いてくるのを見たのでした
その方は急いで救護所に駆け付け7日間、不眠不休で働かれましたと話されていました
また、ある方はクリスチャンの奥さんは台所にいらっしゃり、まだイエス様を受け入れていらっしゃらなかった御主人は玄関にいらっしゃいました。そこに原子爆弾が落ちました。台所だけが・・・残ったのです。奥さんは、急いで玄関に走りました
マラキ書には「その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。」とありますが、「神様ははっきりと区別されますよ」とその新聞記者の方は話されていました。
御主人は、がれきの下になっていました。奥さんは何とか御主人を助けようとされましたが、瓦礫が重く女手一人ではあげられませんでした。やがて、猛烈な炎が迫ってきました。御主人が「逃げてくれ」と頼みました。しかし、奥さんは「あなたを捨てて逃げられない」と叫びました。すると、御主人が静かにおっしゃったそうです。「今まで、悪かった。僕は今までイエス様を信じなかった・・でも、今は信じている。だから、天国に行ったら会えるのだから・・・(疎開している)子供たちのために生きてくれ」
奥さんは泣く泣くその場所を離れたそうです
お隣の教会の牧師さんによると、その後理髪店を開かれていたその方は、ずっとその時の光景に苦しまれていらしたそうです。しかし、彼女はその証をずっと語られたのでしょう
「天国に行ったら会えるのだから・・・」
一人でも多くの方々にそのことをお伝えしたかったのかもしれません。

また、ある一家は・・・
家の御主人が祈っていると「ここから出て行きなさい」との神様の御声を聞きました
そして、家族に「神様がここから出て行きなさい、仰せになられたのでお父さんはここからでて行く」
お父さんは、医療器具の販売をされていたそうですが、御家族はぶーぶー文句を言ったそうです。
「お父さん、商売がうまくいっているのに、どうしてここから出来ていくの!」
しかし、お父さんの決意は固く「いや、お父さんはここから出て行く」家族は文句を言いながら、お父さんについて広島の街を出て行ったのです。一ヶ月後・・・原子爆弾が広島の町に投下されたのでした
当時の広島にいらしたSDAのクリスチャンの方々は全員助かり、それから放射線の原爆症にかかることなく数十年にわたって主イエス様の大きな御力について証されました
その次の生物の講義が突然、「古代の海の・・・」の進化論が・・・「アダムとエバかね」と創造論で学生たちに生物の起源について講義を開始しました。
あとでお聞きすると、その方は長崎ご出身の先生・・・クラスメート1/6が原爆症で次々なくなられたそう・・・きっと心に思うものがあったのかもしれません。
わたしは、教会に来る前、キリスト教は大嫌いでした。暗いし、祈ってばっかりだし・・・
しかし、自分もまた、周りも真っ暗、世の中真っ暗と思っていたのです。
ある時、うちの病院の患者さんで、「癌であと2か月、この病院から帰せなくなりました」と告知された方がいらっしゃいました。トイレに駆け込み、神さまに「どうして、どうして」と泣かれたそうです。そうしたら、神さまからの思いが語りかけられ「何故、泣くのか。天国のひな型であるこの地上をほんの僅かだけ見させていただいた。感謝以外何物もないのではないか」心がぱあっと変えられ、「そうだ、去っていくものよりも、残る者の方がつらいのだ」と家族に明るく報告しました。そして「あと、2か月なら、何人イエス様につなげられるか」と病院を抜け出し、人々が嫌がる方々と接していらしたのです。その姿は、文字通り輝いていました。その方は 癌はすっかり治って30年経っています。私もまた、その証を目のあたりにし、母の病気をきっかけに教会に行くようになり、私は、イエス様に出会い、生きる喜び、仕事をする喜び が与えられ、私の人生は変わりました。
 病院に就職して、数年後 病院で「最も恐い」上司が来られました。私、毎日、文字通り 怒鳴られていました。上司に叱られ、明日はもう仕事行きたくない、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私、毎日、職員の前でも、業者さんの前でも、怒鳴られていました。神さまの証どころではありません。まさしく、「悪い証」でした。ところがある時、隣の教会の牧師夫人がいらして、その上司の方についてこう話されたのです。「〇〇さん、変わったの、笑顔がなかったの。あなたのおかげよ」と。毎日怒鳴られていて何のあかしもしていなかったので・・・神さまがそのようにみせてくださっているのだろうな・・・と力なく思っていました。その方のお母様が、うちの病院でお亡くなりになられました。お亡くなりになられる時、「神様は、わたしに、最善の事をしてくださってきた。だから、これからも最善の事をしてくださる」と言って亡くなりました。その上司、それからどんどん変えられていき、「良い方に変わっている」と言われ、もう、退職されていますが、皆に、愛される人に、惜しまれる人に変えられて行かれたのです。そして、わたしが、臨床工学技士の学校に行くときに、事務部長に推薦してくださったのです。
 次にある時こういう言葉に出会いました。「真の礼拝は、キリストと共に働くことにある。祈りと勧めと話は、しばしば結びつけられる安い実である。しかし良い働きや、困っている人、父のいない子、やもめなどを世話することに表される実は本当の実であって、当然良い木に実るものである。レビュー&ヘラルド」この言葉に出会い、家族、親せきに見放されたおじいちゃんを頻繁に見舞うことになりました。すると・・・朝早く、仕事中、夜中、電話がかかってきたり、すごかったです。「ナースコールが鳴らない。」それは看護師さんに言う事なのだけど・・・また、「東京新聞、買ってきてくれ、龍角散ドロップ買ってきてれ」と言われ、買ってくるのですが、レシート入れておいても、お金はくれません。「感謝がない人だな~、家族が疎遠になるのもなんとなくわかりました。しかし、ただ、聖書に書いてあるから、と見舞っていたのです。
その方が、お亡くなりになる少し前、酸素マスクをして苦しそうにしている中、「あ、あ、ありがとう」とおっしゃいました。そういう時には「まだまだ、だいじょうぶですよ。がんばってください」と言ってはならない、その人は人生の清算をしようとしているのだから、との言葉を思い出させて下さり、「わたしも、〇〇さんにお会いできて感謝です」と言ったら、満足そうにニコッと笑っていました。今でも忘れられません。そして、その方がうちの病院にご入院された事をきっかけに、その方の入居施設が職員検診をうちの病院に移して下さったので、次々訪れる施設の職員に握手して、「ありがとう、ありがとう」と話されていました。余談ながらうちの病院は急性期病院なので長く入院はできないのですが、主治医の先生のご判断で、そうとう長くご入院されていました。しかし、職員検診がうちの病院に移ったことで、報いられたと思います。その方は、最後まで、酸素マスクの中から、讃美歌を歌いながら、神さまに、讃美と感謝を捧げながら、亡くなっていかれたのです。
今、その最後を看取られた、疎遠だった甥っ子さんが、5階病棟の看護師さんたちのやさしさ、職員の皆さんのお葬式での献花、チャプレン、看護学生、おじさんを支えられたその力を知りたい、教会に来られるようになり、その後バプテスマをお受けになり、うちの教会の信徒伝道会長をされています。そして、そのおじいさんが私の事を、牧師さんに紹介してくださったおかげで、出会ったのが家内でした。
 皆さんは、祈りのネットワークを持っていらっしゃいますでしょうか。なんと、イエスさまも、使徒パウロさんも祈りのネットワークを持っていらっしゃいました。聖霊を受けた使徒パウロさんも、また各時代の希望には弟子たち自身のために、またイエス様のために祈るようにとお命じになった、と書いてあります。
数年前5月に家内の両親を東京に招いて足利フラワーパークに案内しました。
フラワーパークはとても良かったのですが、帰りのバスで、父が体調を崩していましました。横になりながら帰宅・・企画したお婿さんとしてはショボン・・・ 電車で行けばよかったか・・・
次の日の朝、祝福の山に次のように書いてありました
「神は大いなる愛をもって、わたしたちのうちに聖霊による尊い徳を育成しようとしておられます。神様がわたしたちに障害や迫害や困難のくるのをお許しになるのは、のろいとしてではなく、わたしたちの生涯の最高の祝福としてです。」
朝、読んだ御言葉もあり、「これは何かある・・・」と思いそこで血圧を測ると、見慣れない「脈波変動」との表示がありました。説明書を見ると、心拍が不規則な場合に出ることがあるとか
家内が父を説得してうちの病院のクリニックに連れていき、診ていただくと、ごく初期の心房細動が見つかったのでした。ごく初期に病気が見つかったことを、父も大変喜んでくださり、「今回の旅で一番良かった」と言ってくれました
ごく初期に見つかったので、沖縄でのカテーテル手術は無事に行われました。ところが手術の立ち会いのため沖縄に行っていた家内が2日後帰りの飛行機の手荷物検査場に入る直前に、母から電話が入り、「容体がおかしい」との連絡、飛行機に乗るぎりぎり前に間に合い病院に急ぎ引き返しました。胸骨切開の開胸手術になりました。あとで聞いたところ、カテーテル手術での医療ミスでした。不思議なことに普通ならその場で、数十秒で即死していたそうです。
チャプレン、病院の医師の方々、隣の教会や沖縄の教会員の方々も祈ってくださいました。中には、「主の証になりますように」と涙を流して祈ってくださった方もいらっしゃいました。
ありがたいことに、私には祈りのネットワークがあり、何かありますと、連絡いたします。私の周りで起こっている数々のお恵みは、陰のお祈りのおかげだと思っています 
父は、その後ICU HCUを経て、8月17日一般病棟に移ることができました。父をお見舞いに来てくださった沖縄の別の教会員のからメールが入りました。「お元気でビックリしました。神様の栄光が現されたと感謝しています。」 父もまたカテーテル手術された医師を励ましていた・・・との話でした。
憐れみ深い主が、再び恵み深い御手を伸ばしてくださったことを感じました。
8月21日 無事に退院いたしました。
教会の多くの方々が祈って下さり、よくなったとの報告を聞くと涙を流して喜んでくださった方もいらっしゃりました。「これこそ本当の証です」と・・
キリストへの道にこういう言葉があります。
「神の愛が本当によくわかった時に、罪の深さがわかるのです。私たちを救うために下げられている鎖の長さを知り、キリストが身代わりになって払われた限りない犠牲をいくらかでも悟るとき、心は言い知れない感謝にあふれ、悔いくずれおれずにはいられないのです。」
 鎖は、一つ一つの小さな、小さな環でできています。もし、その中の一つの環でもなかったら天から下げられているほどの長い、長い鎖は切れてしまいます。あなたがその中の鎖の一つの環です。
もし、あなたがいなかったら・・・
もしあの感謝のないおじいちゃんがいなかったら、私は家内と結婚しておらず、ここにも来ていないかもしれません。もし、広島の女医さんがクリスチャンでなかったら、原爆で苦しんでいた人を助ける女医さんは減っていました。あの奥さんがクリスチャンでなければ、子供たちは両親を失っていました。もし医療機器を販売しているお父さんが祈っていなかったら・・・
もし1人のクリスチャンが信仰を失っていたら、わたしは、ずっと自分に、周りに絶望し、この地上で生きていなかったかもしれません。あの恐い上司がいなかったら、私は臨床工学技士になっていなかったかもれません。もし祈りのネットワークの人々が祈らなかったら・・・もし、あなたが祈らなかったら・・・
主は「いたずらに創造されず」とあります
皆さん、おひとり一人は鎖の環です。それは小さいかもしれません、多くの鎖の中のたった一つかもしれませんが、大切な、なくてならない鎖の環です
 今から20年以上前の出来事です・・・
当時、医療の世界ではリキャップによる針刺し事故が大きな問題になっていました
医師や看護師など医療に携わる人の6人に一人が何らかの形で経験しているものでした。個人的に尊敬する非常に優秀な看護師さんでさえ、刺したことがあると聞いてびっくりしました
 ある時メーカーさんと「一人の人には、親がいるのだよ」という教会で教わった話で、話し始めました
1人の看護婦さんには、親がいる、これから結婚する人もいる、中には配偶者がいる人もいる、子供さんがいる人もいる。これから子供さんが生まれる人もいる。もし、ひとりの人が針刺し事故で病気になったら、周りのたくさんの人々の人生が大きく変わってしまう。」
「看護師さんに『気を付けてね』、とか『あなたのミスだね』、と言うのではない、われわれが守らないと・・・これは看護師さんの仕事ではない、私たちの仕事ですよ。看護師さんがどんなに疲れていても、眠くても、患者さんに文句言われてカチンと来ていても、医師に怒鳴られてカチンとしているときでも、針刺し事故を起こさないシステムを作らないと・・」
そんな話をしていると、当時ほとんどすべてのメーカーの営業さんたちが答えてくださいました。
 当時高かった「針刺し防止安全装置付き」の注射針を、安全装置のついていない従来の針と同価格で提示してくださったのです。その仕事をしている時、みんな生き生きと働いていました。ある営業さんが価格を見せながら「上司に目をつぶってやれ、と言われました」と笑顔で言っていた事、あるメーカーでは、その次の担当の方がいらした時、前の担当の出した値段を見て、「彼、首覚悟でやったのですよ」と言っていた事、今でも鮮明に覚えています。
別のメーカーは、新しい安全装置付の留置針を出したばかりで、T大病院の放射線科に試験的に入っていただけで、開発費など回収しなければならなかったのですが、営業の方がタッグを組んで社長に直訴してくれて、安全装置のない針と同じ価格を提示してくださったのでした。しかもそれに加えて、そのメーカーは当院の点滴の輸液セットと合うように金型まで変更してくださったのです。100万円?あるいは数百万円かかったでしょうか
かなり調査しましたがそれはすべて事実でした。当院のたった一人の看護師さんを助けようと・・・・・・
皆が「心を」注いでくださったのです。その他導入にあたり、たくさんの障害がありましたが、とうとうその針は、病院で採用されることになったのです。
最初は「やりにくいね」という話もあったようです。
しかし、何か月経って、病棟で師長さんに「針刺し事故どうですか?」とお聞きしたところ、
「そういえば聞かなくなったね」とおっしゃった時・・・・とってもうれしく思いました。
 何か月たって、先ほどのタッグを組んで社長に直訴したメーカーの、営業本部長の方が病院にいらっしゃいました。「みんな、会社に入る時は、人のために生きたいと思って会社に入るのですよ。しかし、3年、4年と経つと、営業成績とか営業利益とか出て来て、最初の気持ちを忘れてしまうのです。
しかし、今回この針の話が出た時に、社内全体が、その最初の気持ちを思い出したのです。そしたら、この針の売れ行きが次の月倍になり、その次の月はその倍になり、その次の月はその倍になったのです。ありがとうございました」と頭を下げられたのでした。
あれから、10年以上くらい経ったでしょうか
今、その当時はT大放射線科に試験的に入ったくらいのメーカーは安全機構付留置針で日本のシェアNO.1、トップメーカーになっています。また昨年だったでしょうか。環境?感染学会?で、以前はトップだった針刺し事故は2、数%にまで減ったとの話を聞きました。・・・
導入時・・・いろいろな障害がいっぱいあったあの頃、メーカーの方と「人は死ぬ前や、イエス様の御前に自分の人生を振り返る日が来る、その時、たった一人の看護師さんでも「ああ、わたしはこの安全針のおかげで助かったのだ」と思ったら乾杯ですね!と話していました。
しかし、もしかしたら助かったのはひとりではなかったのかもしれません。
主イエス様に感謝です
すべては 「一人の人には親がいるのだよ」という教会で教わった、たった一つの言葉、また大勢の方々の、数でいえば最小単位、一人のお医者さんと助けよう、一人の看護師さんを助けよう・・から始まった事を思います。
 ミニストリーオブヒーリングに驚くべきことが書いてあります。
「最も質朴な働き人がキリストと協力する時、地の果てに響くような震動を起こす絃に触れることができ、永遠にメロディーをかなでるのである。」
永遠に、地の果てに響く。。。と。
昨年 SDA教会のネット伝道はすごいものでした
地球最後の使命について次のように書いてあります
「……この働きが遂に完成されるその速度は、いなづまの速度にたとえられている。」教会へのあかし 第5巻いなづまの速度とはどのくらいでしょうか。ご存知の通り、稲妻は電気です
聖書にこう書いてあります。
わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。
かつて福音は、アメリカから日本へ船便などで何週もかかった時代がありました
しかし、3天使の使命は テレビやラジオ、スマホやパソコン、アイパッド、ゲーム機へと中空を飛びながら、光と電気のスピード「いなづまの速度」で広がっています

今、教会のFACEBOOKからブラジルやフィリピン、韓国、シンガポール、ヨーロッバ、アフリカ、インドネシア、紛争地イエメンなどに第3天使のメッセージが広がっています
一晩中魚の取れなかった弟子たちに、イエス様がおっしゃいます
「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」 舟の右ならわかります。それなら日本のインターネットでは 右とはどう意味でしょうか
祈っていると、彼らのいる場所で、との証の書だったかの文章を思い出しました。
そこで、今までは 聖書、とか イエスキリスト とかセブンスデーアドベンチスト教会 などという単語を好む人々に配信していたのを
わたしが絶対に選ばない言葉、少女漫画、少年、占星術、黒魔術、中小企業のオーナー、恋愛、結婚、などなど 嫌いな言葉を使っている人々にどんどん配信していきました
すると・・・インド占星術師や様々な会社のCEO 社長、政治家、俳優、そして多くの17歳以下の若者たちからリアクションをいただくようになりました。
動画によっては、在日外国人も含め、フィリピンに匹敵するような反応もいただくようになってきました
昨年、証させていただいた資料には リアクション3000人、今まで経験したことのない祝福です、と証していました
今では一動画リアクションが27000人 10倍近い人数になっています。実名による27000人の署名です
今、また日本にすごいことが起こっているのをご存知でしょうか
2017年教会フィールドスクールにてロンクルーゼ牧師他、教会指導者たちの大きな夢であった「わたしたちは夢を大きく持たなければならない、そして神さまに挑戦するのです。そして神さまは必ず答えてくださる」「セブンスデー・アドベンチストに焦点を当てた全国的キャンペーン」「日本に変化をもたらしたい」が今、現実のものとなり、一般のメディアもまたSDA教会を取り上げてくださっています。午後に少しだけお時間をいただき、ご紹介したいと思っています。
今、うちの病院の関連施設でも、病棟で、信仰告白される方々が増えています。こんなにやさしくしていただいた、わたしもここのスタッフのようになりたい、と信仰告白されるたり、ずっと無神論で懐疑主義であった方が、看護師さんたちのやさしい看護を受けて、「神様はおられる」とおっしゃったりしています。絶対、無理と思われた教会員の義理のお父様が信仰告白を受けられたり、今、神さまが力強く働いておられます。私たちが聖書や証の書で読み、讃美歌で歌ってきたことが現実のものとなっています
 決して難しいものではありません
「神様の御言葉、義の言葉、生命の言葉が ”今”、”この場で”与えられています。あなたは今、義に造り変えられる事を望みますか?今、その御言葉によって生きようとなさいますか?これこそ信仰による義認です。・・・世界で最も単純な事です。」
世界でもっとも単純な事です。それは過去ではありません。いつか、でもありません。今、この場で・・・今、この2月151145分です
皆さん、心の中で手を上げてください。人間や悪魔は、読心術、人の心を予想し、かなりの確率で当てることができます。しかし、人の心を読むことはできません。創造主なる神様だけが、人間の心を読むことがおできになります
皆さんは、義に造り変えられる事を望みますか? 神さまのお言葉で生きようとなさいますか?
今まで、イエス様に会う備えをするには、すごい時間と清め、訓練が必要、と考えられてきたことがありました。もっと聖書を読み、祈らないと、とずっと言われてきました。
しかし、この信仰による義のメッセージと呼ばれた1888年のメッセンジャーはこう言いました。「そして、この場を去る前に、神はあなたに主に会う備えをさせることがおできになります。」と
主は光あれ、仰せになりました。すると、光がありました。主は「そうしてあげよう清くなれ」と仰せになりました。すると「直ちに」その場で、すぐに癒されました。イエスはある人に、「あなたの罪はゆるされる」とおっしゃい ました。それがそうなるまでどのくらいかかりましたか。「ゆるされる」という言葉とその事柄との間にはいかなる時間的長さもありませんでした。「あなたの罪はゆるされた」という同じその御言葉は、今日皆さんに語りかけています。なぜ、皆さんに語りかけられているこの御言葉とその成就との間に何らかの時を経過させるのですか。」主は仰せになります。「あなたに言うことがある」と。
 2017年のフィールドスクールで、ロンクルーゼ牧師がこう話されました
今日、寝る前に、「明日、聖書を読める最善の時間に起こしてください」と神さまに祈ってください、と。
6時過ぎに起きていたダラダラした生活をしていて直したいと思っていたのに、治せませんでしたので、寝る前に祈りました
次の日なんと4時半に起きて、聖書を読むことができ、びっくりしました
ところが、またその習慣も戻ってしまいました。すると パベルゴイヤ牧師の「祈りの力」というHOPE CHANNELの講演を見ていたら、息子さんのアドバイスの中に、クルーゼ牧師とまったく同じ話をしていました。それから、また祈るようになり、それから今もなお、朝早く起きて聖書を読むことができています。そのロンクルーゼ牧師はその次の日、こう聞かれました。「昨日、聖書を読める最善の時間に起こして下さい」と祈った人はいますか?と。しかし200名近い聴衆で手を上げたのは、なんと、45人だったのです。生活習慣を変える事は、大変なことであることは良く知られています。聖書にも
「エチオピヤびとはその皮膚を変えることができようか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる。」書いてあり、
あの1888年のメッセンジャーも
「私も失望落胆と疑いの日々を経験しましたが、それはもはや過ぎ去った事を感謝します。私も他の人々と同じように一生懸命主に仕えようと試みましたが、失意の内にその努力を中断し、『無理だ、私には出来ない』 と独白せざるを得ませんでした。それ は私自身の弱さを思い知らされたからで、私の眼に正しく見える人々や、聖書に出てくるかつての聖人たちは、私とは違っていたから正しい事ができたのだとしか思えませんでした。私は多くの残念な経験を通して、自分には悪を行なう事しかできないのを知りました。」 EWワゴナー と語っています。
この驚くべき奇跡を全員が体験することができるのに、なんと、たった45人しかしなかったのです。なんともったいないことでしょう
 しかし、決して誤解してほしくないのは、私たちは、聖書をもっとよく読み、祈る必要があります。なぜなら、素直な人は、わたしが今話している事、またすべての説教、科学者の推論、学識者の意見、大衆の声など、はいはい、とすぐに受け入れず、果たして本当であるかどうか、日々、聖書を調べるからです。
裁判の席で、イエスさまを一番苦しめたのは、殺人者の罪ではありませんでした。残酷な大祭司でもサンヒドリンの議員でもありませんでした。悪魔的なローマの兵士でもありませんでした。
それは、ペテロがイエスさまを知らない、と言ったことがもっと鋭い苦悩を与えたのでした。「どんな敵の手もこれより深い苦痛を伴う打撃を与えることはでき」ませんでした。
そしてなんと、ペテロさんご自身も「自分が」最も重い負担を与えたことを知っていたのです。わたしたちは、あの人の罪より、あの不正より、あの欠点より、私がイエスさまを知らない、と言う事の方が、イエス様にとって痛い、という事を知っているでしょうか。何故でしょうか。聖書にこう書いてあります。「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。」
あなたがイエスさまを知らない、また、救われないことは、イエス様の御心にとって、一番痛いのです。イエス様の十字架の傷は 永遠に残ります。ある証には、その傷は永遠に、失われた者のために痛むと。ぜひ、今すぐに、イエスさまを知ることができるように、明日の朝、聖書を読める最善の時間に起こしてくださいと祈り、また目を覚まして祈り続けてください。神さまは、あなたを大切な御目的をもってお創りになられました。またあなたのために素晴らしい御計画を持っておられます。それは、私たちが人生を振り返った時、自分が導いてほしいと必ず思う道です。イエスさまは「わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかた」です。神さまは聖書全体をもってお語りになられます。主は、日ごとにあなたにお話ししたいことを持っておられます。聖書を手に取って神さまの御声に耳を傾けてください。
私は、20代で、失業し、病院で「治らない病気」と診断されたことがあります。証にも何にもならない。消え入りたいと思う状況でした。その病院の椅子で見た言葉です。「クリスチャンよ、救い主は大いなる光の源であられると同時に、人間を通してこの世にご自身をあらわされることを忘れないでください。」意味は全く分かりませんでしたが、不思議な力をいただきました。「人間の器が命じられた働きに失敗したらどうでしょうか。ああ、その時、この世界は約束された聖霊の感化をそれだけ失うことになるのです。」 光と力?世界???それどころか、家族にも教会にも、証にも何もならないよ・・・戦時中信仰のために牢獄に入った山形俊夫先生はこうおっしゃいました。「ああ、このためだったのだ、と思う日が来るよ」と。今、文字通り イギリスに、ウクライナに、ロシアに、ブラジルに、アメリカに、フィリピンに、韓国に・・・ネットを通して伝道している自分がいます。ありえません。分不相応です。ミスジャッジです。
イエス様は「もっと大きな祝福を」与えようと待っておいでになります。え?この汚れた罪びとが? あり得ない、信じられない・・・そんなイエス様の栄光になれば・・・と願っています。
ましてや、東松山教会のクリスチャンの皆さんの証が、世界に、そして永遠にわたって残り続け、父なる神様の栄光、そして主イエス様の証となって、まだだれかの祝福となって輝くことを心から願っています。
これから終わりの讃美歌150番を歌います
昔は、自分の人生を全て捧げることは犠牲とか、すごいことと思っていたことがありました。
しかし、天使の方々にとってそれは普通です。当たり前であり、主にすべてをお捧げすることは、天使の方々にとって大きな喜びです。わたしたちも喜んで歌い、捧げられない私たちも含めて主に受け取っていただきましょう。よく、全部捧げられないとか、委ねるのは難しいという言葉を聞きます。
しかし、証の書「豊かな人生の秘訣」には次のように書いてあります。
「外見上どんなにりっぱに律法をまもってみても、それは、単純な信仰と全的自己否定の代わりにはならない。しかし、人間は、自分で自分をむなしくすることはできない。ただキリストが働いてくださることに同意することができるに過ぎない。そうすれば魂は次のように言うようになろう。わたしは弱いのです。そして少しもキリストに似ていません。このようなわたしですが、どうぞお救いください。主よ、わたしの心をお受けください。わたしはこれをささげることはできません。これは、あなたのものです。どうぞきよく保ってください。これを、わたしが保っていることはできません。どうぞ、わたしを練り、形造り、清い聖なるふんい気の中に引き上げて、あなたの豊かな愛の流れが、私を通って流れ出るようにしてください。
 この自己否定は、クリスチャン性格の出発において行うばかりでなくて、天に向かって前進するごとに、新たにしなければならないのである。わたしたちの行う善行は、すべて、わたしたちの外からの力によるものである。であるから、常にはげんで神を仰ぎ、絶えず心をくだいて罪を告白し、神の御前に心を低くする必要がある。わたしたちは、絶えず自己を捨て、キリストにたよることによってのみ、安全に歩くことができる」 これこそ、豊かな人生の秘訣です
惜しいと思われますか? イエス様は、あなたのため、これから裏切っていく弟子たちのためには命をお捨てになる事を「惜しい」と思われませんでした。感謝して、パンをさき、すなわち十字架にかかられました。父なる神様は、この神さまに捧げることを「惜しい」と思っている私たちに、ひとり子イエス様を下さる時に、「御子をも惜しまないで」と書いてあります。主は、苦しまれましたが、あなたを救うという光を見て満足されるのです。
私たちも・・・喜んで讃美歌を歌いましょう

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