その日、教会でお昼をごちそうになりました。その時、牧師夫人がチョコレートをご用意されていました。しかし、人数が予想より多く足りない。ところが、誰かが「ここに1枚あるけど、誰かもらっていない方はいませんか」聞きました。すると次々「私持っています」みんなが答えました。配ってみると全員に行き渡っていました。その時 みんなで、箱に書いてある枚数を見てみたら、やはり1枚多かったのです。
牧師夫人が「一枚足りないので、私が食べないでおこうと黙っていたの。」と話していました。
「また、エリシャは、まだききんが地にあった時に、「バアル・シャリシャ」の人から贈られた「初穂のパンと、大麦のパン20個と、新穀1袋」とによって、100人に食を与えた。ぜひ食事をしなければならない人々が彼と共にいたのである。献げ物が来たとき、彼はしもべに、「『人々に与えて食べさせなさい』と言ったが、その召使は言った、『どうしてこれを100人の前に供えるのですか』。しかし彼は言った、『人々 に与えて食べさせなさい。主はこう言われる、「彼らは食べてなお余すであろう」』。そこで彼はそれを彼らの前に供えたので、彼らは食べてなお余した。主の言葉のとおりであった」(列王紀下4:42~44)。
キリストが彼の使者によって、飢えを満たすためにこの奇跡を行われるとは、何というキリストの慈悲深さであろう。主イエスは必ずしもこれほど著しく、また、感知できるものではなくても、その時以来、何度となく、人間の必要を満たすために働かれたのである。われわれがもっと明確な霊的洞察力をもっていたならば、人の子らに対する神のあわれみ深い取り扱いを、もっとたやすく認めることができるであろう。」~国と指導者 平和をつくり出す人~
写真はその時の物です。聖書にも写真が残っていると良いのに・・
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