「主はその民の忠誠を試みて、神のゆだねられた尊い祝福をいかに用いるかを見ようとしておられます。この祝福は、天の宮廷における私たちの仲保者イエス様から来たものです。しかし、サタンは入ることのできるいかなる道から入ってきて、光と祝福を暗黒と呪いに変えようとします。
いかにして祝福が呪いに変えられるのでしょうか。人間が光を大切にしないようにさせたり、光が品性を改変するのに有効であることを世の人々に示さないようにさせたりすることによってです。聖霊に満たされる時に、人間は自分自身を捧げて神と協力します。彼はキリストのくびきをつけ、自分の重荷を負い、尊い勝利を得るためにキリストの戦列で働きます。彼は、キリストのように光の中を歩みます。そうすれば聖書の言葉が成就するのです。『わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。』(コリント第二 3-18)」
「神はその民に対して、最も豊かな祝福を持っておられます。しかし、彼らが、自分たちを暗黒の中からその驚くべき光の中へ導き出してくださった方を賛美し、その尊い賜物をいかに取り扱うべきかを知るまでは、神はそれを彼らにお与えになることができないのです。」
~セレクテッドメッセージⅠ p184
自分の人生を変えた言葉です。
人間は、神様に祝福を求めていますが、何と、神様がお与えになることができない?・・・
どうやら、祝福を待っておられるのは人間ではなく、神様の方・・・
逆に「その尊い賜物をいかに取り扱うべきを」知ったら、最も豊かな祝福が注がれる・・・
人間は、苦しい時には、必死で神様を求めるが、それが過ぎると喉元すぎれば熱さ忘れる・・・
逆に神様から離れてしまう???とすると人間は常に苦しみが与えられていなければならない??祝福は与えられない???
人間の幸せしか考えておられない天では、何ということだろう・・・と思います
しかし、そうではない。
「主はあなた方が、主の豊かな祝福を安っぽい軽いものとして取り扱っているか、それとも敬虔な畏れをもって尊い宝として取り扱っているかを見ようとして、あなたを試されました。すべての人が神の賜物をそのように正しく取り扱ったならばーというのもこの働きは神よりのものだからですーそれぞれの責任に応じて与えられた恵みは、主人のお金を忠実に取り扱った人のタラントのように倍加したことでしょう。」(セレクテッドメッセージⅠp184)
ここに祝福が倍加する方法が書いてあります。
そして、この言葉もまた真実なものでした。
続く
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