2013年2月3日日曜日

盲目の伝道師

今日は聖書研究会、盲目の女性伝道者のお話になりました。
彼女は18,19歳の頃、緑内障から目が見えなくなってしまいます
自殺も考えられ、結核になった時、「これで死ねる」と喜ばれたそうです。
もともと天理教だったのですが・・・
聖書研究が始まりました。聖書研究会の1、2回の間は「イエス様が目を見えるようにしてくださるんだ」ということが一番だった。しかし、3回、4回と重ねるうちに「イエス様は、自分の心をわかってくださるんだ」ということが一番になったそうです。
そして、イエス様が自分にとってどういう御方であられるか、ということがわかり、バプテスマをお受けになられました。そして「わたしは、90歳まで伝道いたします」と決心されました。
その後、身体障害者の方を見ていらしたとき、その方がいつも「すまない、すまない」とおっしゃるので「すまない、言わなくて良いように」とご結婚されます。
やがて、ご友人の方が亡くなられた時、「主人と子供たちをお願いいたします」と頼まれたので
そのお子さんを引き取られ、お育てになられました。
戦時中、特別高等警察による、教会の一斉検挙があった時、天皇を神と認めなかったため、多くの牧師、指導者が牢獄へ検挙されました。
この方の所にも、特高が来て、目の見えない彼女に「(目が見えないと言って)甘えるんじゃないぞ!」と怒鳴ったそうです。しかし、彼女は全く動ぜず「目が見えなくなったとき、結核になった時、私はすでに2度死んでいます。」とお答えにならました。
すると特高は「多くの人は、こう脅すとみなおびえるのだが、あなたは本物の信仰者だ」と感心されたそうです。
90歳を超えても伝道をされ、付添いの方などを皆イエス様の所へ導かれました。79歳の付き添いの方と広島まで行ったり、周りに人がヒヤヒヤだったとか・・・

結局、93歳まで伝道をお続けになられ、説教壇にてお倒れになられます。
それまで、どんなに風邪をひいても、「大丈夫、聖書に書いてあるとおり、癒してくださる」と言ってそのとおり治ってきた。
また、小さい頃彼女と教会に出席していた男の子、彼女をいたずらたしたこともある男の子、その子もクリスチャンになり、「僕は大きくなったら、医者になってお母さんの面倒見てあげる」といっていた子がその言葉通り医者になり、院長となり、彼女の主治医でした。
聖書研究会の時、目が見えないので、その院長が出席していることがわからず、「わたしは、薬が嫌いなので、内緒で捨てているの」と話していました。院長は苦笑いしていたそうです。
しかし、最後に倒れたとき・・・「わたしはもう十分生きてきた」と静かにおっしゃったそうです。
そして、お亡くなりになられました。

この話をずっとされたいらした牧師さんがこうおっしゃいました。「いつもとっても明るく、やさしい、そして刺のない方でした。今まで、イエス様はともかく他の人間は・・・と思っていましたが、この人にあって頭が下がりました。この方のことを思うと、しょうがないやるしかない、と思わされます」

あるとき、牧師さんが彼女のところに訪問に行かれたとき、部屋が真っ暗だったそうです。
すると、それに気づいた彼女が「暗くはありませんか」と言われました。
そして、「目が見える人は不便ですね」とおっしゃったそうです。彼女は、灯りが点いていようと消えていようと同じなのでした。
そして
「わたしは目が見えなくなったために、イエス様にお会いできた。本当に感謝している」
とおっしゃっていたそうです

しかし、彼女も人間・・・お育てになられた、預かった長男さんがお亡くなりになられたとき、1週間立ち上がれなかったこともあったそうです。
また、結婚した旦那さんがだんだん横暴になって、牧師さんに相談したこともあったそうです。
しかし、その時も牧師さんは「旦那さんをイエス様だと思って仕えなさい」とおっしゃったそう・・
いろいろなところを通られました。


盲目の伝道師・・・
その人生は今もなお、多くの人の心にまかれ、尊い奉仕を生み出しています。
これからもまた、人々の心に残り続けるでしょう。

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