2010年4月30日金曜日

待っておられる主

昨日は、実家の家族に呼ばれて、久しぶりに家族と一緒に自然公園に行ってきました。

そこへ母と一緒にいらした方は、
以前、教会にいらしていて、洗礼も受けていますが・・・
未信者のご主人の影響で
「イエス様、今、イエス様から手を離します」と離れてしまった方・・・
もう、10年以上になります。
その後・・・「教会から離れて、お母さんはだめになった・・」と息子さんたちに言われたとか・・・
さて、行き道の電車、その方と会えたら、願っていました。
そして、自然公園に着くと、なんと、その方が、ちょうどいらして・・・
しかも、帰りは、母とその方と3人で一緒に歩きで帰る事になりました。
別れ際、教会の小学生のトーンチャイムの讃美歌のCDをお渡ししたら
とっても喜んでいらっしゃいました。
教会へどうぞ!と話したら、それも・・・お断りにはなりませんでした・・・

また、自然公園への行き道の電車の中で・・・
他にも、人につまづいて教会を離れてしまった方がいらっしゃいました。
奥さんはご主人に導かれた今も教会に熱心に通っていらっしゃるクリスチャン・・・
そのご主人にメールを送っていました。
今日のお昼休み・・・そのご主人から、「礼拝に行くかも・・・」とのメールをいただき
午後は喜びでいっぱい!

気持ちだけ・・・イエス様がひなを集めるようにその子が帰ってくるのを
待っておられるのを思ったり・・

冷たく、愛も何もない僕でさえ、「来るかも・・・」というメールに溢れる喜びになっている・・・

ましてや、命を捨てて、
待っておられる主イエス様は・・・
どれほどの思いをもって、神様の子らが身元に帰ってくるのを待っておられるだろう・・・

聖書には、この地上の人間には、おそらく理解されない、驚くべきことが書いてあります。
「しかし、シオンは言った。
『主はわたしを捨て、主はわたしを忘れられた。』と。
『女がその乳のみ子を忘れて、
その腹の子をあわれまないことがあろうか。
たとい彼らが忘れるようなことがあっても、
わたしは、あなたを忘れることはない。
見よ、わたしはたなごごろにあなたを彫り刻んだ。』 イザヤ書49‐14~16

人はさっさと忘れてしまうとっても薄情な者・・・
しかし、宇宙には永遠にわたって手のひらに十字架の傷をお持ちの御方がいらして・・・
こう仰せになられています。
「わたしはあなたを忘れることはない。
見よ、わたしはたなごごろにあなたを彫り刻んだ。」

「神様を愛さなかった人類を、神様はどんなに愛されたことだろう」

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