クリスチャンの中でもたくさんのイエス様の数々の証に溢れている方々・・
その方々が共通の証をされていました
「朝、蛇口を開く・・・水が出る・・・感謝・・・」
これだけ・・・
「目が見えない人々、耳の聞こえない人々・・・・
多くの人々は、目が見えても感謝しない、耳が聞こえても感謝しない・・・ので
神様はところどころにそのような方々を置かれて、人々か感謝するようにされておられる。
だから・・・人々の犠牲になってこられた方々は無条件で天国に行くのよ」
とはクリスチャンの方の話・・
歩けること・・・話せること、手が動くこと、足が動くこと、食べるれること、飲めること、
美しい自然界、花々の美しさと、その香り、空を舞う小鳥たち・・・
大空と言う大キャンバスに、人が眠っていても、気づかなくても壮大に、また美しく描かれる朝焼け、
夕方・・・人々を励ます、黄金色に輝く夕焼け・・・
その筆舌に尽くしがたいその美しい光景を、あるクリスチャンの方は「天国の黄金の門のよう・・・」と証されました。
しかし、多くの人々は長い人生の中で、ほとんど忘れていることばかり・・・
しかし、
「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さな者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない。」 (マタイによる福音書10-42)
冷たい水一杯・・・イエス様は一杯の水さえお忘れになられない御方です
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