さて、今日は(も?)とっても感動・・・
先週、病院で、医療製品を看護学校に実習用にくださるというので、看護学校に聞いてみました。
月曜日の午後、看護学校の先生からメール・・・
針は学生の数だけ、55本くらいあったら嬉しい、
もしない場合は5、6本でもあれば・・・とのことでした。
見てみると1箱50本もありませんでした。
しかし、今日の朝職場に行くと・・・・
別のところにビニール袋にまとめられている針を
発見しました。二つあわせると・・・26本と29本・・・
55本でした。とっても感動して看護学校へ
2年くらい前に、看護学校の別の先生に
「期限の切れた吸引カテーテル10本ください」、と言われました。
イエス様の証により、医療メーカーの方々、大学病院の方から、
心電計、生体情報モニター、輸液ポンプが「若い学生のために」と看護学校に贈られたのに、
1本10円くらいの、しかも期限の切れた捨てるようなカテーテルが手に入らない・・・
倉庫に入って、
「神様、今まで与えられた機器はすべて神様からいただいたものでした。
人間って、捨てるようなカテーテルさえ手に入らないものですね」
とお詫びのお祈りをしました。
倉庫から出ると・・・看護婦さんが来て
明るい声で・・・
「ごめんなさい!これ期限切れちゃった・・・」
それは10本ほどの吸引カテーテルでした。
後にも、先にもこれ1回でした。
星を軌道に乗せて動かしたもうイエス様の御手は、小さな花をも生かしたもう。
証に大きいも、小さいもない・・・
イエス様は大きな事も御心におとめくださいますが、
とっても小さな事にも・・・御存知でいらっしゃいます
「どんな望み、喜び、悲しみ、わずらい、恐れもみな神様の前におきましょう。何を持ってきても重すぎたり、神様の疲れさせたりすることはありません。頭の髪の毛さえ数えられる神様は、子供たちの必要に無関心ではありません。「主がいかに慈愛と憐れみに富んだかたである」(ヤコブ5-11)とあります。愛に満ちた神様のみ心は、私たちが悲しみを口にすることにさえ心をいためられます。心をわずわらすことはなんでも神様に申し上げましょう。神様は諸世界を支え、全宇宙のすべてを支配しておられるのですから、神様にとって大き過ぎて支えきれないというものはないのです。私たちの平和に関わることであったらどんなことでも、小さ過ぎてお気づきにならないということはありません。私たちのどんな暗い経験も、暗過ぎてお読みになれないということはありません。またどんなに難問題でも、神様には解釈できないということはありません。神様の子らのごく小さい者にふりかかる災いも、心を悩ます不安も喜びの声も、くちびるからほとばしる真剣な祈りも、天の父はことごとく注意し、深い関心を払っておられるのです。」 ~キリストへの道 祈りの特権~
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