2010年3月2日火曜日

小さすぎて見えないもの

さて、今日は(も?)とっても感動・・・

先週、病院で、医療製品を看護学校に実習用にくださるというので、看護学校に聞いてみました。

月曜日の午後、看護学校の先生からメール・・・
針は学生の数だけ、55本くらいあったら嬉しい、
もしない場合は5、6本でもあれば・・・とのことでした。

見てみると1箱50本もありませんでした。

しかし、今日の朝職場に行くと・・・・
別のところにビニール袋にまとめられている針を
発見しました。二つあわせると・・・26本と29本・・・
55本でした。とっても感動して看護学校へ

2年くらい前に、看護学校の別の先生に
「期限の切れた吸引カテーテル10本ください」、と言われました。

イエス様の証により、医療メーカーの方々、大学病院の方から、
心電計、生体情報モニター、輸液ポンプが「若い学生のために」と看護学校に贈られたのに、
1本10円くらいの、しかも期限の切れた捨てるようなカテーテルが手に入らない・・・
倉庫に入って、
「神様、今まで与えられた機器はすべて神様からいただいたものでした。
人間って、捨てるようなカテーテルさえ手に入らないものですね」
とお詫びのお祈りをしました。
倉庫から出ると・・・看護婦さんが来て
明るい声で・・・
「ごめんなさい!これ期限切れちゃった・・・」
それは10本ほどの吸引カテーテルでした。
後にも、先にもこれ1回でした。
星を軌道に乗せて動かしたもうイエス様の御手は、小さな花をも生かしたもう。
証に大きいも、小さいもない・・・
イエス様は大きな事も御心におとめくださいますが、
とっても小さな事にも・・・御存知でいらっしゃいます

「どんな望み、喜び、悲しみ、わずらい、恐れもみな神様の前におきましょう。何を持ってきても重すぎたり、神様の疲れさせたりすることはありません。頭の髪の毛さえ数えられる神様は、子供たちの必要に無関心ではありません。「主がいかに慈愛と憐れみに富んだかたである」(ヤコブ5-11)とあります。愛に満ちた神様のみ心は、私たちが悲しみを口にすることにさえ心をいためられます。心をわずわらすことはなんでも神様に申し上げましょう。神様は諸世界を支え、全宇宙のすべてを支配しておられるのですから、神様にとって大き過ぎて支えきれないというものはないのです。私たちの平和に関わることであったらどんなことでも、小さ過ぎてお気づきにならないということはありません。私たちのどんな暗い経験も、暗過ぎてお読みになれないということはありません。またどんなに難問題でも、神様には解釈できないということはありません。神様の子らのごく小さい者にふりかかる災いも、心を悩ます不安も喜びの声も、くちびるからほとばしる真剣な祈りも、天の父はことごとく注意し、深い関心を払っておられるのです。」 ~キリストへの道 祈りの特権~

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