2010年3月25日木曜日

炎の中を過ぎる時 その7

少し、SDAの方々の証ばかり続いたので、ちょっと変えてみようと思います。
「捕えられた人々は、残酷な責め苦によって殺された。特に火刑では、彼らの苦しみを長びかされるため、その火力を弱めるように命令が出された。しかし、彼らは勝利者として死んでいった。彼らの誠実は動かず、その平安は少しも損なわれなかった。さすがの迫害者たちも、彼らの堅固な態度を動かす力のないことを知り、敗北したのは自分たちであると感じた。『処刑台は、パリのあらゆる広場に立てられ、火刑は毎日行われた。このようにして、わざと人目につくような死刑が行われたおは、どんなに異端が恐ろしいかを公布するためであった。しかし最後の勝利は、かえって福音の側にあった。パリの全市民は、プロテスタント主義がどのような人物をつくり得るかを見た。殉教者を焼くたききほど、よい説教壇となったものはなかった。死刑場に引かれていく時の彼らの顔に現れた晴れ晴れとした喜び、・・・激しい炎の中に立つ時の彼らの勇気、迫害に対する柔和と寛大な態度は、少なからず人々の怒りを同情に、憎しみを愛に変え、拒むことの出来ない雄弁をもって福音のために訴えたのであった。』

死刑場に引かれていく時の彼らの顔に現れた晴れ晴れとした喜び、・・・激しい炎の中に立つ時の彼らの勇気、迫害に対する柔和と寛大な態度は、少なからず人々の怒りを同情に、憎しみを愛に変え、拒むことの出来ない雄弁をもって福音のために訴えたのであった。

ほとんど涙なしに書けない事です・・・

「これらの改革者が主張した大原則、すなわち、ワルデンセスの人々、ウィクリフ、ヨハン・フス、ルター、カルバン、ツィングリおよびその同志たちが信じた原則は、信仰と行為の規則としての聖書の、誤ることのない権威であった。彼らは、法王、宗教会議、神父、王たちの、宗教の問題において良心を支配する権威を否定した。彼らにとって権威は聖書であって、聖書の教えによって、彼らは、あらゆる教理あらゆる命令を試験した。これらの聖徒たちが、処刑台の露と消えたときには神様と御言葉に対する信仰でもって支えられた。いまや炎のために生命が消えようとする間際に、ラティマーは叫んだ。『平安なれ。我々は1本の火をともすのだ。これは神様の恵みにより、英国において決して消えることがないと自分は信じる』」

ラティーマー・・・彼のともしたともし火は、英国ばかりでなく、遠い海をわたって日本にまで届いてその光を輝かしています。

「あなたがたに言っておくが、神様はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」
今は、その時代・・・聖書に対する信仰は「聞かれますが」・・・「見られるだろうか」

人って、人の犠牲がこんなにもないと・・・信じないものか・・・と人々の心の中に食い込んだ罪の性質を思います。人の心には罪の製造工場があって、そこから不信、ねたみ、憎しみ、欲、疑いなどが無限に製造されてくるのです。あとはそれに理屈をつけているだけ・・・
すべての根源はここにあります。

不景気ですので、この工場は早めに閉鎖した方がいいと思います。
「やめればいいのですから・・・」

神様の愛、新しい心、信仰、聖書の素晴らしい祝福は
主イエス様の犠牲により、また、ここに描かれているたくさんの方々の人生をかけた、「炎の中からの」尊い証により、全ての人々の、そして僕のような者の手の届くところまでに届けられたのです。

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