2009年11月17日火曜日

お母さんの祈り

先日、バプテスマ式、すなわち洗礼の式がありました。
式の終わりのお祝いの席で・・牧師さん、周りの方々、そして、ご本人も口々に話しておられました。
「お母さんのお祈りのおかげです」
それは、まるで天がお母さんの人知れない祈りを祝福されていらしたかのようでした。

先日、教会である兄弟から証を聞きました。
「僕は、ずっと放蕩息子していたんだよ」

「でもね、とっても信仰熱心だった母親は何もいわなかったよ。そう、何もいわなかった・・・
でもね、そのあと家族の者がみんなクリスチャンになりましたって報告した時、涙ぼろぼろ流していたよ」

「ずっと祈っていらっしゃったんですね」

「そうだよ、ず~っと祈っていた
僕が信仰持っている理由はね、母親が祈っていたからさ」

教会で様々な証がされ、多くの人が表舞台に出てきます。しかし、本当の主人公は、その人ではなく、陰で人知れず祈っていらっしゃる方々であると信じています。そして、その背後にまた、見えない世界で天使の方々が、「あの時も」「この時も」支え、導き、救い、助けてくだっています。

「私たちのために払われた価は、私たちが天国にいってからでないと、わからない。」と読んだことがあります。天国が救われた者の前に現される時、イエス様が私たちのために、それら全てのものを犠牲にされたことを思い出し、「ほふられた子羊こそは、栄光、誉、賛美・・・を受けるにふさわしい」と賛美歌を歌うと・・・。

「母は涙かわく間なく、祈ると知らずや」との賛美歌がありますが、陰で誰も見ていない、聞いていない中で、人知れず祈る。お祈りは必ず答えられるということを僕もまた知っています。

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