これも東京衛生アドベンチスト病院の職員礼拝だったと思います
ある人が、森の中で、男がたった一人で30年間・・・過ごしていました。
しかし、その方が重い病気にかかり、病院へ担ぎこまれてきました。容体は非常に悪く、命があぶなかったので、夜中でしたが、最寄りの牧師さんが呼ばれました。
しかし、外は激しい嵐でした。病院までの道のりは、かなり危険なところが多く、牧師さんは何時間も危険を犯しながら、病院にたどりつくことができました。
牧師さんが、その方の部屋の中に入ると男の第一声が「何しに来た」と冷たい言葉でした。
牧師さんが日常のことを話しても、一言も答えませんでした。しかし、しばらくずっと話していて、ようやくその男の方が話し始めました。
「おれは、踏み切りの切り替え手だった。あるクリスマスの晩、俺は酒に酔っていた。そして踏み切りの切り替えを間違ってしまった。そこへ電車が飛び込んだ」
「一人の女性と、一人の娘さんをその時・・・殺してしまったんだ。そしてそれ以来、森の中で30年・・・ずっと一人で暮らしてきたんだ」
その時、牧師さんが言いました。「あなたの罪は許された」
男がすぐに答えました。「なんでお前がわかるんだ!」
そして、牧師さんは静かに答えました
「その時、死んだ女性、それは私の母なんだ。そして、その時死んだ娘は私の姉なのです。」
牧師さんは、その男に言いました。
「僕が許すから・・・あなたの罪は許された」
フィリピンの山岳伝道
山間部は想像を超えた貧しさです。伝道所の校長先生の家も、家かな~小屋かな~といった感じ。学生は、学費を稼ぎ、たまったら学校へ、学費がなくなったら、また働きに出て行く・・・食事は1年中、野草ととうもろこしの粉??またそこでは多くの人々が皮膚病に苦しめられています。日本では捨てるようなものが大変な貴重品・・・ポケットティッシュなどは、こんなに清潔な物はない、というくらい重宝がられます
ちょうどその時、イエスさまのあかしを聞いたがたがたから多くの贈り物を頂きました。中にはWINDOWS95のノートパソコン(^_^;)もあり、XPが全盛だった当時でも滅茶苦茶遅いパソコンでした。しかし、フィリピンに持っていったら取り合いだったそうです。
そして、その時の訪問では100人以上のバプテスマがあったとの報告があり、生き生きとした証が話されているとのことでした。今でもネット伝道では圧倒的な反応があります。
「やがてこの世の主権者たちや、王たちが、福音の希望をつかんできた最も貧しいアフリカ人と喜んで身分を交換したいと思う日が来る」―サザン・ワーク・8ページ・1891年3月20日―
人生は短距離走ではなく、長距離走・・・最後まで本当にわからない・・・
人生は、どんでん返し、逆転、敗者復活戦が用意されています。
「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」民数記、
神さまの御力とその知恵は、無限・・・どう考えても、絶望、不可能に見える時でさえも、世から隠れたいと思う時も、教会や祈りの会、集会なんてとても参加できないと思う時でも、イエスさまのお約束は、その通りになります・・・。
だからイエスさまは、仰せになります
「それであなたが立ち直った時には、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
https://www.youtube.com/watch?v=DG050q8kfKc
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