2022年4月29日金曜日
証がない という証です ユナイテッドプレイヤーにて
「証がない」という証です
「私たちの日毎の食物を今日もお与えください」と祈って、食事をしながら、「祈りがきかれないな~」と思っているなど、神様がすでに祈りを聞いて下さって、お答えくださっているのに必死で求めていることが多いです。
「神の憐れみだけが、彼らの唯一の希望である。祈りが彼らの唯一の防御である。」各時代の大争闘、わたしが神さまの憐みを求めて、徹夜で祈っていた時の事です。何も起こりませんでした。そして、だんだん空が白み始めて、ふと気づいたのです。「わたしは、既に憐れんでいる。あなたには聖書が与えられている、あかしの書も与えている、讃美歌や様々なものを与えている。すでに憐れんでいる」と。
さてある時、母が落ち込んだ顔をして教会から帰ってきました。その日の集会は牧師さんの話・・・牧師さんはテレビが大好き・・・しょっちゅうテレビばっかり見ている牧師さん・・・ちょっと行き過ぎでした。神様が様々な方法で、テレビをお止めになられました。最終的には、牧師さんがテレビを見ていると、テレビが爆発したのです
その日、その証を聞いた母が、ひと言・・・「いいなあ、牧師さんは・・・神様が直接に教えられる・・・わたしには何もない・・私には何もない」と夕方から、がっくり落ち込んでいたのです。
さて、次に日・・・早朝、家の玄関をたたく音がします。「大変です!」母が玄関を開けると隣の家のご主人でした。外に出て、振り返ると、うちの煙突から煙がもうもうと出ていました母が、前の晩、お風呂を空焚きしたのでした・・・発見した隣のご主人は、その日、仕事のため始発で出かけなければならず、家を出てふと振り返ると、それを見つけたのでした。寸前で・・・火事にはなりませんでした。私の父は紙の会社に勤めていました・・・家で火事など起こしたら、「火の始末に 不注意な人」として会社にはいれなかったそうです。
母は深く、イエス様にお詫びしました。わたしには、何もない・・・と思っていましたが、神さまの愛と慈しみは満ち溢れていたのでした。
人が癒されたり、事故から守られたり、すると、「あかし」「奇跡」と呼ばれることがあります。しかし、人が健康であること、事故がない事、「普通」であること、それは、すべて神さまのあかしであり、奇跡です。
「神に忠実に仕え祈っている者は、いわば神の中に閉じ込められたようなものである。彼ら自身は、自分たちがどんなにしっかりと保護されているかを知らない。この世界の統治者たちは、サタンにそそのかされて、彼らを滅ぼそうとする。しかしもし神の民の目が、ダタンにおけるエリシャのしもべのように開かれるならば、神の天使たちが彼らの回りに陣をしいて、暗黒の軍勢を阻止しているのを見るであろう。」国と指導者
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