2010年4月27日火曜日

価値のあるもの

「天ではただ1人の救われた者のためにも、神様と天使たちは大きな喜びを感じます。そしてその喜びは、聖い凱歌となって表現されるのです。」

たった1人が、救われると・・・「大きな」・・・喜びがある・・・

クリスチャンになると、その人に専属の保護天使の方が遣わされるとか・・・
(話によると記録天使も・・・)
もちろん、意味なく遣わされるわけではありません。
疲れを知らないサタンとその手下が、この地上には「うようよ」といるからです。
その天使の方は、そのクリスチャンに生涯付き添い・・・復活の朝、最初に挨拶をしてくれる・・・
と言われています。
罪のない天使の方・・・さぞかし、多くの人々を助けたり、祝福したりされたいだろう・・・
しかし、よりによって僕に遣わされた方は・・・貧乏くじ?
何せ何十年もたった僕「1人}が救われるために・・・
起きているときも、寝ている時も、その翼を広げて守っていてくださるのですから・・・

しかも・・・
もしたった一人の忠実な魂がサタンに連れ去られるくらいなら、イエス様は天国のすべての天使を遣わしてもその魂をお守りになられる・・・
しかも、その方々は「え~またつかまちゃったの?しょうがないねえ」といやいや行かれるのはなく、
助けたい思いでいっぱいになり、イエス様のご命令を待っておられるとか・・・

「キリストへの道」を書かれた女性の方に、ある時催眠術者が術をかけようとしました。
すると、女性はイエス様にお祈りされたそうです。
「主よ、もう一人の天使を、もう1人の天使をお遣わしください!」
すると、その催眠術者が逃げて行きました。

たった一人、冷たいこの地上では、最小単位・・・それこそ数字・・

しかし、天国は違うようなのです。
1人の人が天国に救われるためであったとしても・・・

「神様は、死よりも強い愛をもって、地上の子らに思いをかけておいでになります。神様がひとり子をお与えになったということは、全天をそそぎだして、1つの賜物として与えられたということなのです。救い主の生涯、死、その執り成し、天使の奉仕、聖霊の懇願、これらのいっさいのものを通じて働いておいでになる父なる神様と、天の住民たちの絶えまない関心などが、ことごとく人の救いのために力をそえているのです。
 私たちのために払われた驚くほどの犠牲を静かに瞑想してみましょう。ひとたび失われたものを呼びかえし、父なる神様の家に連れもどすためには、天はあらゆる努力を惜しまないことを感謝いたしましょう。これにまさる動機や力ある方法は、他ではどこにも見いだすことはできません。」
~キリストへの道 キリストの必要~

どんな人でもうつろいゆくもの・・・
しかし、

Great Is Thy Faithfulness

父の神は とこしえに 
愛とめぐみ たれたもう
うつろいゆく 影もなき 
神のまこと とうとし

*とわにつきぬ 神のまこと 
けさもめぐみ あらたに
すべてのもの そなえたもう 
神のまこと とうとし

あまつ星も 月も 日も
かわる四季の すべても
神の愛と あわれみを
とこしえまで あかしす

*とわにつきぬ 神のまこと 
けさもめぐみ あらたに
すべてのもの そなえたもう 
神のまこと とうとし

とこしえまで かわりなく
罪をゆるし めぐみて
日々にちから あたえたもう
神のまこと とうとし

*とわにつきぬ 神のまこと 
けさもめぐみ あらたに
すべてのもの そなえたもう 
神のまこと とうとし

しかし、人がイエス様にあって喜んでいないと
傍にいる天使も弱っていかれるとか・・・

逆に人がイエス様にあって喜んでいると
奉仕の天使の方も強くなっていく・・・

天使の方々も単に守ってくださるだけでなく、
人々を通して
神様を愛を伝えたいと・・・熱望しておられると証されています。

神様への最高の賛美は、神様の恵みが流れている通路になることとか・・・

守っていただくばかりでなく・・・
共に救いの御業に携わる・・・尊い特権を・・・
人には与えられています

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