2009年12月30日水曜日

一年の終わり

月曜日で、仕事納め・・・
一日の終わり、仕事の最後に、病棟から、「複合機が故障です」と言われました。

エレベーターで祈りしながら現場へ・・・
紙詰まりだったので、除去してOK!
ところが・・・その時、部品が1個機械の中に落ちてしまいました。
とろうとしても、かえってどんどん奥へ・・・とうとう取れなくなってしまい
本気で(^^;)お祈り・・・
すると・・・なんと見えるところに落ちているのを
発見・・・無事に修理が終了しました。

一年の終わりにふさわしい・・・仕事でした。
「わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである」
です・・・(^^;)

1日の終わり・・・あるいは5日まとめて(^^;)
イエス様の数々のお恵みを日記に書いていくと・・・
一日、5個・・・としても(本当はもっと多いのですが)
一年でざっと1600・・とてつもない数になっていました。

「神様のみことばの中の約束はみな、主がみことばをもって保証を与えておられるのですから、その一つ一つがわたしたちの祈りのテーマとなるのです。わたしたちに必要な霊的祝福は、なんであっても、イエス様のを通して求めることがわたしたちの特権です。わたしたちは、子供のような
単純さで、主にわたしたちの必要なその物を申し上げることができます。わたしたちは主にいのちのパンとキリストの義の衣を求めるのを同じように、パンや衣服などこの世の物を主に申し上げることができます。あなたの天の父は、これらすべてのものがあなたに必要であること知っておられます。あなたはそれらについて神様に求めるように招かれているのです。すべての恵みはイエス様の御名によって与えられます。神様はその名を尊び、あなたの必要を豊かな富のうちから惜しむことなく満たしてくださいます。
 しかし、父と呼んで神様のみもとに来る時、あなたは自分か神様の子であるのを認めることを忘れてはなりません。あなたは神様のいつくしみに信頼するばかりでなく、神様の愛が変わらないことを知って、万事において神様の御意志にまかせることです。神様のお働きをなすためにあなた自身をささげることです。イエス様が、『求めなさい。そうすれば、与えられるであろう』という約束をお与えになったのは、まず、神様の国とその義とを求めよとお命じになった人々に対してでした。
 天においても地においても、いっさいの権威を持つおかたからくる賜物は、神様の子らのために蓄えられています。その賜物は非常に尊いもので、高価な犠牲である贖い主の血潮によって与えられたものです。それはまた人の心のどんな願いでも満足させ、永遠に続くものであって、幼な子のように神様のもとにくるすべてのものが受けてその祝福にあずかるものです。神様の約束をあなたに与えられたものとして受け、それを神様ご自身のお約束のことばとして神様の前に申し上げましょう。そうすればあなたは喜びに満ちあふれるでしょう」

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