教会には、親も学校も、手がつけられない、いわゆる、不良とか、落ちこぼれと言われる子供たち、青年になれかけの若者たちが来ていました。その子達に向かって、教会の方が優しく話していました
「お前も、「子供」を初めてやっているだろ、親もな、初めて「親」をやっているだぞ」「お前は先生一人を批判しているだろ。先生はな、40人見なくちゃいけないんだぞ」「親はな、子供が許しくれなければ、やってられないんだぞ」「みんな親になる勉強して親になるのではない、みんな初めての人生を送っているんだ」
そんな話を聞いていて、心の中で親を批判していた私の方から重荷のようなものが、ストンと落ちたのです。神様からいただいた特別な経験でした。
他の場所では話しましたが、ここで話すのは初めてです。10年前、技士の勉強をさせていただきました。募集要項でも、入学の面接でも確認して、安息日はお休みの学校を選んだのですが、3年生になり、臨床実習で土曜日出てきなさい、と言われました。そして、校長先生との面接に呼ばれたのです。退学させられたら、病院にどう報告するか、首かな~との思いも、ちらっとかすめました。このどう見ても、不利な状況で、心は「証の時が来ました」との喜びで満たされていました。そして怒っている校長先生にイエス様が数々なさってくださった証を次々話しました。すると先生の心が和らぎ、笑顔になり、無事に単位もいただき、卒業することができたのです。
そしてこのイエス様の証が、その学校中の教師、学生、大学病院、医療機器メーカーの方々の心を揺り動かし、超音波診断装置や心電計、分娩監視装置、などなどがたくさんの贈り物が贈られてきています。その中の一つ、当時当院が経済的に厳しかった時に、医療機器が壊れ、100万円かかるといわれた時、このようにしていただいたカラーの医療機器により、病院を助けてくださいました。数年間、病院で使用され、15万円で下取り会社に売られ、最後まで病院を助けてくれたのです。それは今でも続いていて、1年に1回感謝の思いを持って医療安全研修で報告させていただいています。たくさんの贈り物を頂いた事だけが嬉しかったのではありません。伝道が難しいと言われるこの日本で、イエス様の証にこれほど多くの人々が心を揺り動かされ、贈り物をくださるほどに感動してくださったこと嬉しかったのです。
この出来事と次の言葉が私の人生を大きく変えました。
「もしキリストがあなたのうちに、「栄光の望み」となるならば、あなたは、他の人々を見張り、彼らのあやまちを暴露しようというような性向を持たなくなるでしょう。非難したりとがめたりしようとしないで、助け、祝福し、救うことがあなたの目的となるでしょう。」祝福の山
当時、私は恥ずかしながら、仕事でも、病院を批評し、非難することが多かったです。しかし、その非難している職場に、神様が奇跡を通して、たくさんの医療機器のプレゼントを贈られてくることにびっくりしたのです。非難することは、実に簡単なことです。しかし、悪いところを正確に指摘することは悪魔でもできることなのです。しかし、助け、祝福し、救うことはイエス様しかできないことです。
主は病院を助け、そしてまた、わたしをも祝福し、救ってくださったのです
聖書に次にように書いてあります。「天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。」
いかがでしょうか。・・・この中にはイエス様のために人生をかけられた方、またイエス様は憐れみ深い御方なので、もしかしたら、自分は違うと思っていても、イエス様から「あなたは私の名のために、すべてを捧げてくれた」と言われる方もいらっしゃるかもしれません。
ところが、イエス様と言う方は、そのような宝とは到底かけ離れたゴミ屑同然のわたしと交換するために、全財産を、また天国をも捨ててくださり、しかもこの地上の幸せさえも捨ててくださったのです。しかも・・・いやいや、ではありませんでした。惜しまないで、わたしのためなら惜しまないで、聖書によれば父なる神様に「感謝して」その命を捨て、十字架におつきになられたのでした。このイエス様に出会ったとき、心の底から「もう天国はいらない。こんな冷たい世界の中で、こんな方で出会った。それだけで十分」と思ったのです。主は、心に救いを、罪からの救いを、また永遠の命を、そして新しい心を、そしてまた、この地上での祝福をも与えてくださいます。最後に、聖書を読ませていただきます。
「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。」
「わたしたちが謙そんになり罪を深く悔いる時に、神がわたしたちに向かって、ご自分をお現しになることができ、また、お現しになる所に立っている。過去に、あわれみと祝福を賜ったから、今度は、もっと大きい祝福を与えたまえと祈るとき、神は非常にお喜びになる。神に全く信頼する人の期待は、十二分に報いられるのである。」
ミニストリーオブヒーリング
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最高の祝福である、偽ることのない、変わることのない愛の神様が、私たちと共にいらしてくださり、新しく造り変えてくださり、聖書の戒め、安息日の祝福をもっと豊かに味わうことができますように
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