2016年1月25日月曜日

添えて与えられるであろう

 数年前、11月最後の安息日学校の青年クラスでの事でした。牧師さんが「青年会で、パソコンが必要なのだけど、前にいただいたのがあったっけ?」と聞かれました。しかし、前に職場のご厚意でいただいたパソコンは既に病院や海外の貧しい教会の学校の学生たちに既に届けられていました。しかも・・・今度はDVDの付いた物が必要だそうで、しかもデスクトップではダメ・・・コンパクトでないといけないからノートパソコンでないといけない・・・とのことでした。しかし、毎年、このクリスマスシーズンには主の不思議な祝福を次々いただいていたので、教会の青年たちのためでもあり・・・祈りつつ職場に行きました。
 その次の水曜日は祈祷会の日でした。その教会への行き道・・・とても感謝でした。手には、その日職場でいただいたきれいなノートパソコンを持っていました。DVDマルチもしっかりついた優れた製品でした、初めは、「こういう祈り、ご利益的で・・・」と物質的なことに関する祈りをずっとしていなかった私の目を開いてくださったのは、証の書、「祝福の山」でした。そしてそれ以来、自分にではありませんが、教会、伝道機関に文字通りたくさんの祝福の山が届けられたのです。
 
 さてしばらく経って、祈祷会の前「各時代の希望 ~あなたがたは心を騒がせないがよい~」の次の言葉に出会いました。「~神は彼らに用があるのであって、彼らが神様のみ名の栄えをあらわすために、神に最高の要求をするときに神はよろこばれる。~」そこで最高の要求を祈りました。
 神様が「この教会に、職場の病院に御臨在くださるように・・・」と。それに加えて、一つもっとずっと小さい祈りをしました。それは「病院の備品についてお助けくださいますように・・・」と。祈りが終わった後、牧師さんに「それは小さい祈りじゃないよ」と笑顔で言われました。正直、「間違ったこと祈っちゃったかな!?」とも思いました。
 しかし、次の日・・・メーカーが職場の高度医療機器に専用モニターを付けてくださる事になり、また次に本体も無料で新品交換。そのまた次に病院測定器を新型の後継機種にメーカーの負担で全台交換。更にまた、高価な付属品の新品などなど・・・次々与えられたのです。
 この冬も・・・伝道機関のために、あちこちで真剣な祈りが捧げられたことでしょう。そして、驚くほどのお恵みが次々与えられたのでした。
しかし、これらは「すべて添えて与えられ」た賜物、何よりも尊い神の国と神の義がすでに差し出されています。 

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」        
   
「私たちの天の父は、あふれるばかりに祝福を与えたいと待っておいでになります。限りない愛の泉のほとりで思う存分飲むことは、私たちの特権です。それなのに私たちが少ししか祈らないのは、なんと不思議なことでしょう」(キリストへの道 祈りの特権)
 
主のお約束は昔も今も変わることなく、いつも真実です。

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