教会で、信仰とは何か、信仰による義とは何か、盛んに研究され、議論されていた時の事です。
あるおばあちゃん、教会員のお母さんが、田舎から出てこられました。
話は嫁の愚痴ばかり・・・止まりませんでした
しかし、おばあちゃん、教会にいるうちに、頭痛が直り、膝の痛みが直り、鼻茸 蓄膿症がなおってしまいました。そして、バプテスマを受けて田舎へ帰っていきました
田舎へ帰り、小さな川の橋を渡る前は「イエス様!」と祈り、渡り終えたら「イエス様、ありがとうございます」
ありがたい、ありがたい、と感謝して生きておられました
そして、人の10倍働けるようになり、お嫁さんとの関係もよくなったのでした。
「どうしたら、心が変わるか・・・」
毎日、熱心に討議していた教会にその証が伝えられた時、かなりの衝撃でした・・・
「こんなに簡単に変えられるんだ・・・」!?
「ルターが万事休すと思った時、神様は彼のために一人の友人、援助者を起こされた。敬虔なシュタウピッツがルターに神様の御言葉を示して、自分から目をそらし、神様の律法を犯したことに対する永遠の刑罰について考えることをやめ、彼の罪を許す救い主、イエス様を仰ぎ見るようにと命じた。「罪のために自分を苦しめることをせず、贖い主の腕の中に自分自身を投げ入れよ。彼を信頼せよ。彼の生涯の義と彼の死による贖罪に信頼し・・・神様の御子に耳を傾けよ。彼はあなたに神様の恵みの確証を与えるために、人となられた。」「まずあなたを愛された彼を愛せよ」このようにこのあわれみの使者は語った。彼の言葉は、ルターの心に深い感銘を与えた。長い間抱いていた誤りについての多くの苦闘のあとで、彼は真理をつかむことができ、彼の悩み苦しんだ心に平和が与えられた」
ある神学校で新学生がたくさん集まっていた時
たしか、講師の方が、
「信仰は人を救わない」と話され
また「神学は人を救わない」と話されました
(え~神学を学びにこの学校に来たのに・・・)
そして最後に
「キリストが私たちを救ってくださる」と話されたとき、
大勢の学生が立ち上がって駆け寄り、講師の方を囲んで
「わかった、わかった」と大喜びされたとか・・・
主イエス様は偉大な救い主でいらっしゃいます
0 件のコメント:
コメントを投稿