2022年4月29日金曜日

1羽のめんどりが農家の家から出てきて  ユナイテッドプレイヤーでのあかし

先日ZOOMあかし会で話した内容です ある方が、戦争前に牧師さんから何度か説教を聞いた事がありましたが、その教えにあまり注意を払いませんでした。 そして、戦争中、戦地で爆弾によって瀕死の重傷・・・他の人々はその方が無意識で倒れているのをそのままにして、退却して去って行きました。その方が意識を取り戻した時・・・ 自分で起き上がる事もできず、ただ弾丸が飛ぶ音を聞くばかりでした。 翌朝、その方は血を失い、その上,飢えのために気絶するばかりになり、ました。自分の背嚢から少しだけ残っていた食料を取り出したくても、その体力もなく、ただ自分の死を待つばかりでした。 しかし、ちょうどその朝に・・・・ 1羽のめんどりが農家の家から出てきて、その方のそばに卵を産み落としました。そこでその方は手をのばして、その卵を取って食べました。次の朝も同様にきて卵を産んでくれたので・・そのようにして5日間続けて卵を産んでくれました。そして・・・命が助かったのです。 まもなく激戦は終わり、衛生隊が発見してくれて病院に送ってくれました。そして、神様のお恵みにより快方に向かい、健全な・・・身体になりました!神様の慈愛に厚く感謝すると同時に、心を神様に捧げ、聖書研究に熱中し、イエス様を信じ、毎日、希望と喜びの生活を送るようになられました 初め、この方が教会で教えに注意を払わなかった時、ずっと祈り続けていた人がいたことでしょう。しかし、聞かれていないように思えたかもしれません。 「この役人は、信じる前に自分の祈りの成就を目に見たいと望んだ。しかし彼は、彼のたのみがきかれて祝福が与えられたというイエスのみことばを信じなければならなかった。この教訓をわれわれもまた学ばねばならない。われわれは、神がわれわれの願いをきかれるのを見たり感じたりするから、信じるのではない。われわれは、神の約束に信頼するのである。信仰をもって神のみもとに行く時、願いごとはすべて神のみ心にとめられる。神の祝福を求めたら、それを受けることを信じ、そしてそれを受けたことを感謝すべきである。それからわれわれは、最も必要な時にその祝福が実現されることを確信して、自分の義務をつくすのである。こうすることをわれわれが学んだ時、われわれは祈りが答えられることを知る。神はわれわれのために、「その栄光の富にしたがい」「神の力強い活動によって」「はるかに越えて」なしてくださるのである(エペソ3:16、1:19、3:20)。 各時代の希望 第20章 「あなたがたはしるしと奇跡を見ないかぎり」

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