「その罪を隠す者は栄えることがない、言い表わしてこれを離れる者は、あわれみをうける。」(箴言28-13)自分たちの過ちを隠し、言いわけをする人々が、もし、サタンが彼らのことでどんなに喜び、そうした彼らの行為のゆえにキリストと聖天使たちをどんなに嘲笑するかを見ることができるならば、彼らは、急いでその罪を告白し、捨て去ることであろう。品性の欠陥を通して、サタンはその人の心全体を支配しようと働きかける。彼は、人がこれらの欠陥に固執するならば、自分が成功を収めることを知っている。それだから彼は、欠陥に打ち勝つことは不可能であるという致命的な詭弁をもって、キリストに従う人々を欺こうと、いつもけんめいになっている。しかしイエスは、彼の傷ついた手と砕かれた体をもって、彼らのために嘆願される。そして、彼に従ってくるすべての者に「わたしの恵みはあなたに対して十分である。」と宣言されるのである。(コリント第二・12-9)「わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ11-29、30)。それだから、だれでも、自分たちの欠陥は不治のものであると思ってはならない。神は、それらに打ち勝つ信仰と恵みをお与えになるのである。 各時代の大争闘 天における調査審判
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