ちょうどその頃、無神論者の一人の青年が、石井先生をやっつけようと思って、議論にくるわけだ。「先生、神、神というけれど、見えないじゃないか。見せてくれ。そうしたら私もそれを受けます。」と、こう言う。ところが石井先生は「神は見るべきものでなく、信ずべきものだ」とこう言う。「それは議論だよ。水掛け論だよ。あんた、神、神と言うけれど、ちゃんと、こうやって、見せたら、私は掴んで見る。」ところが「いつでも来てみなさい」とこう言う「来てみなさい」「神様はどんなことをするか、来て見ろ」とこう言う。
ある日の午後3時、、その青年が、また議論に来ました。すると、奥さんが出て来て、「今、主人はどこそこの墓地の所で、祈りの時間が来て祈っている筈だから、そこをたずねてごらんなさい。」と言われたのです。青年が示された墓場に行きました。人里離れた墓地のススキがこんもりしげったところで、石井先生はひざまづいて上の方へを向いて手をこうひろげて、「天のお父さま。最近入った15人の赤ちゃんたちが、この夏に蚊が多くて、夜やすむことが出来ません。あの子供たちにとって、親のない子供たちにとって、夜だけが天国の夢を見せたいと思うのに、蚊に攻められてやすむことが出来ません。蚊帳を5はり与えてください。古くても、新しくても、結構です。お願いします」と言って祈って、「お父さま、有難うございます。いつも祈りを聞いて下さいまして、感謝します」と言って、土をはらって立ち上がった。~
~そして連れだって孤児院の玄関に入った。~すると、人力車の足台の処からカラクサの古い風呂敷に何か包んで、車曳きが玄関に入ってきて、ドアを足で開けて入った。それを見て、石井先生が青年に向かって、「あの風呂敷に何が入っているか、わかるか」と言った。「何が入っているかわかりません。」「さっき、お父さまに注文した蚊帳が入っているはずだ」「蚊帳がはいっているはずだ」実に素晴らしい信仰じゃありませんか。ね。私たちはこんな確信をもって祈ることが出来ますか。「本当ですか」と一緒になって、ここに来たところが、その車引きは「あ、石井先生ですか」「うん、私が石井だが」。「赤十字病院の事務長さんから、これを石井先生のところに届けるようにとのことで、持って参りました。」「ああ、そう。有難う」と言って開いてみたところが、古い蚊帳が5つ入っておった。後で聞いたところが、その赤十字病院の事務長が、古くなった病室の蚊帳を焼却炉に入れて焼くように命じた筈だ、新しい蚊帳をいれるつもりで。それを小使いさんは「焼却炉に持っていって焼けよ」と言った筈なのに、「石井先生に持って行けよ」と聞いた。ここをこうやったのはどなたでしょう。それが生きた神様なんです。それを見たところの青年は「確かに神は生きていらっしゃる」と、それから生涯無給で、そこの小使いさんをして亡くなった青年があるんです。
~「それはいつですか」より~
https://youtu.be/deYVzQUb_1M
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